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苦労は買ってでも。

20代の若かりしき頃、勤めていたデザイン事務所で「クビ」を宣告された。
しかし、社長の温情で半年の猶予を与えられ、3ヶ月目が過ぎた頃に、話し合いの場があり「居ていい」。ぽつりと社長が言ってくれた。
しかし、その次の言葉が当時の僕には衝撃的だった(心に火をつけた)。
「デザインは認めてないけど」、、、
その言葉に込められているのは「でも、他のことで頑張ってくれているから」。

デザイナーとして働いている人間としては、なんとも言えない気持ちではあったが、この事務所でなんとか自分の居場所を見つける覚悟を決めた瞬間でもあった。

朝は誰よりも早く出社し、事務所の整理整頓、掃除、あらゆることに気を配った。
当たり前といえば当たり前だったが、当時の自分としては、まずそこから活路をみ言い出すしかなかった。
そして、週末はデッサン教室に通い徹底的に造形の基礎を身につけ、美大を目指す高校生や中学生に混じってアトリエの独特な雰囲気と緊張感の中で4年という月日が過ぎていった。

思い起こせば、最初の頃は惨めで情けない気持ちと「くそっ!」という気持ちが入り混じり、混沌とした感じで時が過ぎて行った。しかし、ひとつ一つ、山を越える度に光が差し込んでいく感じもあったように思う。
と言っても、当時の僕は、出来れば嫌なことや困難なことは避けて、苦労なんかしないで生きて行けるならそうありたい、と、心の何処かで願っていたようにも思う。
その一方で「絶対にここで生き残って、認めさせてやる!」という必死で戦う気持ちもあった。

今でも、仕事をしていると、嫌なことは当然ある、いや、仕事だけではない。買い物や食事をした店での接客の悪さ、運転している時のマナーの悪さ・・・など数え切れないほどの嫌なことに遭遇する。
ただ、最近これらのことを振り返って思うことがある。
「嫌なことの裏側にはいいことがある」。
もっと簡単に言うと、「嫌なことがあった分、いいことがあると、何倍も喜びを感じることができたり、些細なことに幸せな喜びを感じ取ることができる」。
意味は少しずれるかもしれないが、「若い時の苦労は、買ってでもしろ」という先人たちのいい伝えは、嫌なことや理不尽なことをいっぱい経験することで、何かを達成する時の喜び、ちょっとしたことに気づき、幸せを感じ、「心を育てていくための言葉」のようにも感じ取ることができる。
まだまだ、僕自身目標の途中段階だが、これからも嫌なことや理不尽な経験をもっと経験すれば、目標達成に近づける、そんな気がしている。